NO.107
書  名 人生と財産
(私の財産告白)
著者/訳者 本多 静六
発行所 日本経営合理化協会
価  格 9,800円
 
 
 

「人生と財産」からの抜粋


 



【序文抜粋】

  今ここに、長い過去をかえりみて、世の中には、あまりにも多く虚偽と欺瞞と御体裁が充ち満ちているのに驚かされる。私とてもまたその世界に生きてきた偽善生活者の一人で、今さらながら慙愧の感が深い。しかし、人間も八十五年の甲羅を経たとなると、そうそううそいつわりの世の中に同調ばかりもしていられない。偽善ないし偽悪の面をかなぐりすてて、真実を語り、「本当のハナシ」を話さなければならない。これが世のため、人のためでもあり、またわれわれ老人相応の役目でもあると考える。



【私の財産告白】

(二割利喰い、十割益半分手放し)

  そこでまずある株を買おうとすると、いつもその全部の買受金を用意してかかった。もっとも買付けは取引が容易な点から常に先物を選んだ。――いかに値下りをしても、全部の買受金が用意してあるからビクともしない――そうして、それが引取り期限の来る前に思いがけぬ値上りがあった場合は、買値の二割益というところで、キッパリ利喰い転売してしまった。それ以上はけっして欲を出さない。そうして二割の益金を元に加えて銀行定期に預け直した。
  つまり二割の益を加えれば、銀行預金でも、株式利回りをはるかに上回るので、私は一応それでいつも満足したのである。これがいわゆる二割利喰いの法だ。
  次に、いったん引き取った株が、長い年月の間に二倍以上に騰貴することがある。――反対に値下りすることもあるが、この場合無理のない持ち株だからいつまでも持ちつづける。したがって絶対に損はしない――その時はまず手持ちの半分を必ず売り放つ。つまり投資の元金だけを預金に戻して確保しておく。したがって、後に残った株は全く只ということになる。只の株ならいかに暴落しても損のしっこはない。これがいわゆる「十割益、半分手放し」という法だ。


(予想外の大儲け)

  話のついでに、今までに一番うまくいったと思う株式投資を御披露に及んでおくと、大震災直後のことであるが、すべての株が暴落し、なかんずく東京電燈などは十円近くまで下った。私はこれはあまりに悲観されすぎていると考え、今買っておけば必ず元に戻ると確信した。そこで十二円五十銭から買い始め、資金の有るかぎり四十五円まで買い進めた。
  はたして結果は予想通りで、私は五十円を越すと、さっそく手持ちの三分の二を換金、その利益であとの三分の一を只にして残すことにした。そうして、只の株がどうしようと損する結果とはならなかった。――すなわち、これで予想外の大儲けをしたのだった。


(本多流致富奥義)

  本多流の致富奥義は、しごく平凡だ。誰にもやれる。また誰にもやってもらいたいと思う。

 第一に、常に、収入の四分の一を天引き貯金すること。
 第二に、いくらか貯まったところで、巧みに投資に回すこと。
 第三に、ムリをしないで最善をつくし、辛抱強く時節の到来を待つこと。



【私の体験社会学】

(上長の心得一)

  そこで私は、部下の人々に仕事を頼む場合、それがどんな些細なことでも、一々、正しい名前をハッキリ呼んで、いつもねんごろにいいつけるようにしてきた。またその仕事の内容についてもよく吟味をして、頼まれたものに、何だいこんなことといわれないようにつとめてきた。
  たとえていえば、こんな心遣いである。
  若い人々に何かを頼む場合、無理にならない程度に、必ずその人の地位や力量に比して、少し上のものを選ぶようにし、「これはちょっと重要なことだナ、しかしおれにだって大丈夫できるぞ」といった気持になれるものを、適材適事に与えるようにした。そうして、丁寧にその内容を説明し、やり方を指示したうえ、本人の腹案をきき、適度の追及を行って、「ではよろしく」と、懇切に頼むことにしてきたのである。


(上長の心得二)

  すなわち、部下の者が、何か用あり気にドアを押してきたり、自席に近づいてきた時などには、できれば直ちに自分の仕事を中断し、二、三歩の前からその顔をみ、その足元を見守って、ニコやかにその用件を聴き取る態勢をととのえて、「さアなんなりと」といった気持を目顔で知らせるぐらいにしなければならぬ。
  そうしてゆっくりその述べようとするところを尽させ、十分そのいおうとするところをいわせるがよろしい。こんな場合、他から何かの用事が持ち込まれても、それを後回しにして、「さア、次をつづけたまえ」とでも促せば、提案者の満悦はこのうえないものになる。


(上長の心得三)

  ところで、部下の心を自分につなぐことは、何かの頼まれ事や約束を、忘れずに必ず実行することなど最も有力な手だ。私はこのために手帳を用意して一々こくめいにメモを取っておいたのだが、頼んでいた方で忘れているような些細なことでも、このメモのおかげでこちらは忘れずに必ず実現したので、「うちのオヤジはこんなことまで覚えていてくれるか」と、馬鹿に評判をよくしたものである。これが、再三念をおされて、最後に「やあ忘れていた」ということになっては、仕事の上の権威も、信頼も、とんだ所でマイナスにされてしまうところだった。
  さらに師長たるものは、いつもけっして無表情無愛想であってはならない。部下は常に、「上役の機嫌」といったことに心を配っているものだから――卑屈な意味でなしに――部下に対しては、なるべく柔かく、笑いを忘れず、時にはユーモアたっぷりの口説で雑談の仲間入りなどもすべきである。

(快活な心を持つためには)

  ここで、大いに注意すべきことは、遠慮や、負け惜しみ、きまりがわるいとか、億劫だとかということが、心を快活にもち続けるうえに、大禁物だということである。何事も無邪気に、気取らず、てらわず、正直に、知らないこと、迷うことは、すべて素直に問うべき人に問うようにしたい。これが常に向上の基となり、安心の礎となって、何をやるにもテキパキと働きえて、快活な心はいよいよ快活なものとなるのである。



【人生設計の秘訣】

(本多静六の人生計画)

  第一 満40歳までの15年間は、馬鹿と笑われようが、ケチと罵られ
     ようが、一途に奮闘努力、勤倹貯蓄、もって一身一家の独立安全
     の基礎を築くこと。
  第二 満40歳より満60歳までの20年間は、専門(大学教授)の職
     務を通じてもっぱら学問のため、国家社会のために働き抜くこと。
  第三 満60歳以上の10年間は、国恩、世恩に報いるため、一切の名
     利を超越し、勤行布施のお礼奉公に努めること。
  第四 幸い70歳以上に生き延びることができたら、居を山紫水明の温
     泉郷に卜し、晴耕雨読の晩年を楽しむこと。
  第五 広く万巻の書を読み、遠く万里の道を往く事。


(時節の到来を待つ)

  実際、いかなる不運、不幸も、不景気も、けっしてそれが永久的に続くものではない。時計の振子のごとく、また波の起伏のごとく、やがては元に戻るものである。時が来れば必ず元へ盛り返すものである。したがって、我々順調の時、好都合の時、得意の時には、一刻の猶予をおかず、大いに活動し、大いに伸びるべきである。そのかわり、逆境の時、思うにまかせぬ時、失意の時にはよく耐え、よく忍び、鳴りを静めて雌伏すべきである。また雌伏を幸い修養の工夫をし、知識を養い、英気を加えて、じっと時節の到来を待たなければならぬ。




※ ( )内タイトルは勝手につけました。


 

 
 
 
鉄 太 郎 の ナ ル ホ ド と 納 得
 


 本多静六博士の真髄は、一度しかない自らの人生を有意義におくるために何をすべきかを考えぬき、その考えを真摯に実行したところにあると思う。根底にあるのは、努力・努力・努力である。 正しい考え方と徹底した努力は、何事をも成す事ができると教えてくれた。

  □努力の予定表ともいえる「人生計画」を作成し、着実に実行した
  □経済的自由を獲得するために四分の一貯蓄法を実行した
  □四分の一貯蓄で貯めた金を雪ダルマの芯にして大きく資産を増やした
  □上司として、部下が気持ちよく働けるよう気遣った
   (上長の心得一、二、三)
  □子供たちに資産を残す必要はないと考え、ほとんどの資産を寄付した