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「NO BULL(ノー ブル)」 か ら の 抜 粋 |
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(ヘッジファンドの構想) 発足時の社員数は八人、また当初の資本金は七七〇万ドルで、そのほとんどは家族や友人から集めたものだった。なかには成り上がりの若造三人に賭けてみようという大胆な個人投資家も何人かいた。最初からの出資者のほとんどは、二八年後に会社を閉じるまで残っていてくれた。わたしたちはウォール街からも遠くはないビーバー街六七番地に開店した。スタインハルト・ファイン・バーコビッツ社はヘッジファンドの運用会社だった。 (わたしたちは投資家とパートナー) また、わたしたちが自分の財産のほとんど全部を、投資家と一緒になって投資することが決定的に重要だと思っていた。そうすれば、投資全体についても、ひとつひとつの投資物件についても、わたしたちは投資家とパートナーなのだ。そうなれば、彼らが取るリスクはわたしたちのリスクでもある。生涯を通じて、自分の財産のほとんどはいつも自分が運用するファンドに投資していたし、今でも同じようにしない運用者にはけっして資金を預けないことにしている。 (実績ベースの報酬) ジョーンズのヘッジファンドモデルでもうひとつわたしたちを引きつけたのは有利な手数料構造だった。従来の資産運用会社では運用資産の0.5〜1%を手数料として徴収するのが普通だった。ヘッジファンドの場合、人件費や一般管理費として1%の手数料を、またそれと別に運用利益の何%かを運用手数料として徴収したが、わたしたちの場合、計上利益の20%を徴収していた。運用実績に基づく手数料のほうが、運用資産額に基づく手数料よりはるかに利益を上げることへのインセンティブになる。結論として、もしファンドが損失になれば、わたしたちには収入がなく、一緒に投資した自分の財産自体も損失になる。逆に、大きく儲ければ多額の報酬を得ることができるわけだ。わたしたちは若くて自信に満ち、実績ベースの報酬が成功へのチケットになるかどうかに自分たちの将来を喜んで賭けようとしていた。 (永久資産株) わたしたちはニフティ・フィフティ銘柄を長期的なポイントから取り上げることはまずなかった。株価収益率の高い銘柄は、その成長性を十分に説得されても、避けて通っていた。長期投資では、株価収益率の上昇が利益の成長に見合っていると認められない限り投資するに値しないとわたしたちは考えたのだ。さらに、この「永久資産株」を作り上げた機関投資家のスターたちへの「信仰」などわたしたちは持ち合わせていなかった。この運用のスターたちは、投資家が成長株を永久に持ち続けても大丈夫と本気で信じ込んでいたのだ。わたしたちは神聖にして失敗なき投資などあり得ないと知っていた。だからこそ、絶え間なくすべてを疑うように、そう、ほかの投資家が十分に満足している銘柄さえ無差別に疑うようになっていた。実際のところ、どんな株でも、どんな投資方法でも永久資産タイプのものなどあり得ないとわたしは思っていたし、特にこの時代のように株価が異常に高くなったときにはそれは不可能だと思っていた。もし、一時的なニフティ・フィフティ熱がどこかで冷めるなら、それは必ず厳しい冷めになるはずだった。わたしたちはそのとき、そのために損をするのではなく、それによって必ず儲ける側にまわりたいと思ったのだ。 (底値のサイン) ダウ平均は大底(1974年12月の577ドル)を打つまでに、1973年につけた1000ドルを超える高値からほぼ50%を失った。しかし、このダウ平均の数値だけではマーケットの至るところで行われた大虐殺は理解できなかった。このころには行き過ぎた弱気が蔓延し、人々は株式を保有することさえ恐れるようになっていた。しかし、わたしたちはこの市場総崩れのなかで大成功を収めてきたがゆえに、いまや大きな自信を持ってマーケットが十分に弱気を織り込み、底値を形成しはじめたという相場観を立てた。相場への超楽観がマーケットの天井を示すサインであることが多いように、相場への恐怖もまた底値のサインである。わたしがこの目で見てきたどのマーケットサイクルにおいても、繰り返し繰り返し、熟練の投資家にさえ行き過ぎた感情が見られたのだ。世のなかの人たちが買えるものは国債だけだと思い始めたら、目をつぶって株式を買いはじめればよい。 (独創的発想法) このころ、わたしは分析手段として、独創的発想法とでも言うべき考え方の有利さを意識的に説きだしていた。独創的発想法とは、マーケットの総意と大きく異なるが、確かな裏付けのある意見を持つことと定義していた。役に立つ分析手段は、知的で優越なもので、しかも一般常識とは異質な考え方であるというのがわたしの持論だった。それには他人より多くを知り、状況をより正確に把握することが必要になる。同時に、マーケットが何を期待しているかを正確に理解することも決定的に重要だ。正しいのは異質な考え方のほうだと判明し、その結果、そちらがマーケットの総意に変わる過程で必ず大きな利益が出る。マーケットが何を期待しているのかを知ることは、基本的な知識と同じように大切だ。だが、ときとして、マーケットの理解が基本的な知識と異なることもあり得るのだ。当社がこのことに関して優れていると、早いうちから気づいていた。1970年代初めのころ、わたしたちはまさにこの考え方を採用してきた。成功のほとんどは、一般の総意とは異なる考え方を実行することで得たものだった。 (俗世からの解脱) 独創的発想は単なる逆張りとも見られるかもしれない。しかし、十分な規律に基づく深い分析と、ただの「底値漁り」との究極の差は、人がある考えを持つにいたる過程でどれほど強くそれを確信できるかにある。人目につかない株の価格変化を予想するといった小さなことに至るまで、「ウォール街の見解」よりもはるか前にそれを知ることができてこそ、つまり、人より事情に通じているとの確信があって初めて、人が行わない投資を行う資格があると言える。そのような投資は、もしそれが正しいと分かったときには、その投資への認識の変化のみならず、価値評価の変化によっても利益を生み出す。ニルバーナ、これは俗世からの解脱である。 (知的プレミアム) ひとたび個別銘柄を選びだす段階になると、当社では厳密に基本的な財務分析に傾斜するように心掛けてきた。それが、私の方針であり考え方だった。財務分析には高度なものからそうでもないものまで、あらゆる種類の統計資料を分析するという意味が含まれていた。物事をライバルよりさらに詳しく知っていることには、それがどんな意味をもつものであっても大きな知的プレミアムがあった。わたしたちが最大の努力を払って獲得しようとしていたものは、現在起こっていることをミクロ的見地からもマクロ的見地からも、長期的視野に立って理解することだった。このことは、ある種の株式や産業グループの長期的保有もしくは集中投資につながると解釈される。だが、この作業の結果はしばしば短期的な取引を行うために用いられた。例えば、あることの長期的な進展が短期的な要素で増幅されたときや、マーケットのタイミングを考慮した結果、マーケットの方向が変わるのを予測し、それに沿ってポートフォリオを調整するときなどである。 (マーケットの不合理な行き過ぎ) ジョン・メイナード・ケインズはこんなことを言っている。 (主流となっている考えに逆う勇気) 10月15日に、ワシントン・ポスト紙は、わたしの経歴についての回顧記事を掲載した。その記事は、投資についてのわたしの発言を長々と引用していた。いわく、
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| 鉄 太 郎 の ナ ル ホ ド と 納 得 |
<マーケットについて> □マーケットに永久資産株は存在しない。 □マーケットは常に行き過ぎる。 □買えるものは国債しかないと言われ出したら底である。 □独創的な考えが利益を産む。 □独創的な考えの裏付けにはあらゆる努力をしなければならない。 |
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